英国のEU離脱を巡る国民投票があと5日後に迫ってきた。投票の結果を予測することはもはや不可能であると悟ったので、そのことは諦めて、今回は英国民が残留又は離脱を選んだ場合の今後のシナリオについてそれぞれ考えてみたい。
英国民が離脱を選んだ場合にすぐにEUから離脱となるのかといえば、そんなことはない。夫婦が離婚をするときに資産整理を含めて離婚契約書等を作成するのと同様、英国とEUも離脱•新協定を結ぶ必要があるのだ。離脱•新協定では、①英国内のEU企業やEU市民、EU内の英国企業や英国人の既得権の保護のあり方に関する内容とともに、②英国とEUの新たな通商協定の中身を定めることとなる(通商協定のあり方についてはノルウェー型、トルコ型、カナダ型についてまとめた過去記事を参考)。
EUのリスボン条約第50条1項は「離脱する国は、欧州理事会に通知し、EUと離脱に関する取り決めを明記した協定を締結する」「EU関連法令は離脱協定の発効日また発効しない場合には通知日から二年後に停止される」と規定している。つまり、英国政府がEU側に離脱の意思を通知し、離脱•新協定を二年以内に定めた上で初めてEU離脱に至ることになる。逆にいえば、少なくとも二年以内は従来通りの関係が続くことになる。なお、二年以内に離脱•新協定が締結できない場合、EU側の全会一致の同意があれば、期限を延期することができるが、同意が得られなければ離脱•新協定なく離脱することになる)。
ここで問題となるのは、英国政府による第50条の通知の時期である。残留派のキャメロン首相は、国民投票の結果が離脱となれば、すぐにEU側に通知し離脱•新交渉を開始すると明言している。一方で、離脱派のゴーブ司法大臣は「自らの首を締めるような拙速な通知はしない、離脱派が勝利すれば離脱派が実権を握ることになるのでキャメロン首相が通知することは許されない」という趣旨の発言をしている。
離脱派のシナリオは、年内にキャメロン首相に代わり、元ロンドン知事のジョンソン政権を誕生させた後、EU側と非公式な協議を進めつつ、正式な通知をどこかで行うというものだ。だが、保守党政権は離脱派と残留派で真っ二つに分裂しており、政府として離脱•新協定に対する統一的な立場を取ることができない可能性がある。その場合には下院の解散総選挙を行い、勝利した保守党政権が「カナダ型」の選択肢を決定した上で、正式な通知を行うことになるだろう(英国独立党はその役目を終えて保守党に合流し、労働党は全く求心力がなく相手にならないので、保守党の圧勝だろう)。
一方で、通知を先送りしつつ非公式な協議を行うという選択は第50条の手続きを無視するものであり、EU側は猛反発するだろう。だが、EU側が対抗できる手段はほとんどないので、指をくわえて見ているしかない。また仮に離脱協定なくして英国が離脱した場合、EU側には貿易制裁措置で脅かすくらいしか選択肢が残されていないが、それを実行すればEU側も大量の返り血を浴びるのでありえないだろう。
EUとは従来通りの関係が続くことになるが、英国の国内政治はカオスになる可能性がある。保守党は離脱派と残留派が分裂して過半数を失い、議会運営が困難になり、解散総選挙が行われる可能性がある。保守党は一部が分裂したまままとまらず、英国独立党は燻り続ける反EU感情を利用して支持を伸ばし、労働党は全く相手にならずさらに支持を下げ、スコットランド国民党はますます民族主義化する。その結果、過半数を制する政党が出てこないので、不安定な政権運営が続くこととなる。
参考文献:中村民雄(2016)「5章 EU脱退の法的諸問題」(福田耕治編著『EUの連帯とリスクガバナンス』(アマゾンのリンク)